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反戦運動はJソン大統領が68年の選挙で再選を目指さない決断を下すうえで、大きな要因になった。
R・Nは戦争を終わらせる秘密の計画があると主張していたが、大統領に就任すると「ベトナム化」に全力をあげた。
南ベトナム軍を戦闘の矢面に立たせて、アメリカ軍の戦死者を減らそうという計画である。
70年にはカンボジァヘの侵攻をめぐって学生の反戦運動が盛り上がったが、71年に徴兵制が終わると、突然、運動の火は消えた。
この年に、フロリダ州のロック・コンサートで殺人事件が起こり、暴力とドラッグというカウンターカルチャーの弱点があきらかになった。
K・Fは1969年の著書、『共和党多数派の形成』で、学生とリベラル派エリートの偽善への嫌悪感、犯罪と福祉予算の増加への懸念によって、民主党を支持してきた労働者階級が共和党を支持するようになると予想している。
Nが72年の大統領選挙で地滑り的な勝利を収めて再選され、ハンフリー候補を僅差で破った68年の選挙とは様変わりしたことで、Fの予想の正しさが証明された。
リベラリズムの死。
ジョンソン政権の5年間、インフレ率は上昇していたものの、経済成長率は実質ベースで(つまりインフレ率を調整して)、5パーセントを超えていた。
しかし、N政権の2年目にあたる1970年には、実質経済成長率が10パーセント近くまで下がる一方、インフレ率は6パーセント近くまで上がっている。
N大統領はすでに再選に向けた計画を練っており、選挙運動を開始するには最悪の実績だった。
しかし、経済政策の余地は乏しかった。
1970年には、連邦政府の財政赤字がJソン政権時代のピーク時と変わらなかった。
財政出動で景気を刺激しようとすると、インフレがさらに悪化することになろう。
それにドルが危うい状況になっていた。
アメリカ政府はドルを1オンス35ドルの金と交換すると約束し、これが世界の通貨の安定をもたらしていた。
しかしアメリカの金準備が減少しており、外国為替市場ではドルを売って、アメリカ財務省の姿勢を試そうとする動きが起こっていた。
このような場合、教科書に書かれている政策は、金利を1969年にNが大統領に就任したとき、経済は深刻な問題にぶつかろうとしていた。
そして、N大統領がとった政策によって、経済危機はこれ以上悪くなりようがないほど悪化することになる。
引き上げ、外国人が金ではなくドルの保有を選ぶように仕向けることだ。
しかし、景気が危うい状況で金利を引き上げれば、本格的な景気後退に突入しかねなかった。
Nほど、大胆な政策をとる天分に恵まれている政治家はめったにいない。
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